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湯船にお湯をはる、それだけの夜

いつからか、お風呂はシャワーで済ませるものになっていた。湯船にお湯をはるのは時間もガス代ももったいない気がして、さっと浴びて、さっと出る。それが当たり前になって、何年も経っていた。

ある晩、ひどく疲れて帰った日に、ふと思い立って湯船にお湯をはった。特に理由はない。ただ、そういう気分だった。お湯がたまるのを待つ十数分すら、久しぶりの感覚だった。

肩まで沈んだ瞬間、思わず声が漏れた。体の重さがお湯に預けられて、強張っていた首や腰が、ゆっくりほどけていく。何も考えず、ただ浮かんでいるだけの時間。スマホも持ち込まなかったから、湯気の音と、自分の呼吸だけがそこにあった。

上がったあとの体は、シャワーのときとまるで違った。芯まであたたまって、布団に入るころには、自然とまぶたが重くなる。あんなに寝つきが悪かったのに、その夜はすっと眠れた。

湯船にお湯をはる。ただそれだけのことが、一日の疲れをリセットする一番簡単な方法だったのかもしれない。毎日でなくていい。疲れた夜にだけでも、自分のためにお湯をためてあげる。それは贅沢ではなくて、必要な手当てなのだと思う。

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