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自販機に、ホットの缶が一本だけ混じっていた

19時14分、駅前の自販機の前に立って、麦茶を選ぼうとした。まだTシャツの背中に汗が張りついていて、風が吹くとその汗だけが先に涼しくなる、そういう時間帯だった。9月も半ばを過ぎたのに、体感はまだ真夏の続きで、こういう夜はとにかく冷たいものが飲みたい。

小銭を握ったまま、ボタンの並びを目で追っていたら、ひとつだけ赤いランプがついているのに気づいた。ホット、と書かれた缶コーヒー。まわりは全部青いランプで、冷え冷えとした顔で並んでいるのに、そこだけ違う体温をしていた。

なんでこいつだけホットなんだろう、と思った。切り替え忘れなのか、それともまだ売れる見込みがあると誰かが判断したのか。自販機というのは、思っているよりずっと季節に正直で、そのくせ一台だけ空気を読まない缶を残していたりする。ちょっと不憫だった。売れ残るために、まだそこにいる。

結局その日は青いランプの方を買って、赤い方には触れずに帰った。冷たい麦茶を半分くらい飲んだところで、ふと、あの一本のホットのことがまだ頭の隅に残っていることに気づいた。誰も選ばないボタンの上で、律儀に温め続けている缶。あれは今夜も光っているんだろうか。

家に着いて、クローゼットを開けた。夏物と秋物がまだ混ざったまま、どちらの季節の顔もしていない。長袖のシャツを一枚だけ手前に出してみて、結局着ずにハンガーに戻した。まだ早い気がする。でも半袖のTシャツだけを着ている自分も、なんとなく季節に置いていかれている気がする。

この、どちらでもない感じ。冷たいものを選びながら赤いランプが気になってしまう感じ。それはたぶん、天気の話だけじゃない。仕事も似たようなところがあって、8月の勢いのまま突っ走ってきたつもりが、気づけばもう9月の終わりの匂いがして、切り替えろと言われても、体がまだ真夏のギアのままだったりする。

切り替えなきゃ、と思う。でも切り替えるって、具体的に何をどうすることなんだろう。手帳を新しくすることでも、部屋の模様替えをすることでもない気がする。たぶん、ただ気持ちがそちらを向くのを待つしかなくて、それは自分の意志だけではどうにもならない部分がある。わかっているのに、うまく待てない自分がいる。

自販機の補充のおじさんは、たぶん決まったスケジュールでホットとコールドを切り替えているんだろう。彼にとっては単なる作業で、季節がどうとか、体感がどうとか、そういうことは関係ないのかもしれない。台帳に書かれた日付が来たら、ボタンの中身を入れ替える。それだけの、案外シンプルな話なのかもしれない。

そう思うと少し気が楽になった。自分の中の切り替えも、誰かが決めた日付で勝手に入れ替わってくれたら楽なのに。でもそういうわけにはいかなくて、結局は自分の中の温度計を、自分でちまちま確認しながら生きるしかない。それがめんどくさくて、たまに全部投げ出したくなる。

翌日も、同じ自販機の前を通った。赤いランプはまだついていた。二日連続で売れていないボタン。律儀というより、ちょっと意地になっているようにも見えてきて、思わず「がんばるね」と、缶に向かって心の中でつぶやいてしまった。誰にも聞かれていなくてよかった。

そのくせ、自分は自分の切り替えにはまったく意地を張れない。休むと決めた日にスマホで仕事のメールを開いてしまうし、もう秋なのに冷房のリモコンを手放せずにいる。人には涼しい顔で「無理しないで」と言えるのに、自分にだけは同じ言葉がなかなか届かない。

金木犀の匂いはまだしないし、コオロギの声も夜になればまだ薄い。季節はゆっくりとしか動いていないのに、カレンダーだけが先にスケジュール帳の中で秋を名乗っている。体と暦がずれたまま進んでいくこの数週間が、毎年いちばん落ち着かない。

それでも、そのずれたままの数週間を、無理に揃えようとしなくていい気がしてきた。ホットのランプがついたまま冷たい麦茶を売り続けているあの自販機みたいに、多少ちぐはぐでも、ちゃんと動いてはいる。むしろ、そういう不揃いさのほうが、生きている感じがする。

あなたも今日、暑いのか涼しいのかよくわからない服を選んで、それでもちゃんと外に出た。それだけで十分だと思う。切り替えは、たぶん今夜じゃなくていい。

駅前の自販機の赤いランプは、きっと今夜も一本だけ光っている。誰にも選ばれないまま、それでも律儀に温め続けている。その姿を、笑ってしまうくらい他人事には思えなくて、でも別に、それでいいんだと思う。売れなくても、光っているだけで、そこにいる意味はある気がする。

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