9月某日、19時40分。仕事帰りに寄ったセブンイレブンのレジ横で、月見団子の五個入りパックと目が合った。198円。白いのが三個、あんこ色のが二個。買うつもりはなかったのに、気づいたらかごに入れていた。中秋の名月、というやつらしい。スマホのカレンダーに小さく「十五夜」と書いてあるのを、その日の朝に見た気がする。忘れていたことにも、覚えていたことにも、自分であまり驚かなかった。
家に帰って、電気をつけずにベランダの窓だけ開けた。生ぬるい風が入ってくる。まだTシャツで平気な夜だった。空を見上げると、月はどこにも見当たらない。雲が厚く、灰色というより鈍い銀色に光っている。スマホで「今夜 満月 見える 東京」と検索したら、「雲の切れ間から見える可能性あり」と出た。可能性、という言葉の頼りなさに、少し笑ってしまう。
団子を皿に出す。白いのが三つ、あんこ色が二つ。串から外して並べると、思ったより地味な見た目だった。テレビで見るような、すすきを添えた三方に山盛りの団子とは程遠い、コンビニの丸皿にただ転がっている白と茶色。それでもいいと思う。むしろそれくらいがちょうどいい。毎年ちゃんとやろうとして、毎年ちゃんとやらずに終わる。今年もその通りになった。
食べようとして、手が白い団子から伸びていることに気づいた。あんこの方は最後に残す。無意識にそうしていた。考えてみれば、いつもそうだ。コンビニのアイスも、当たりの棒が出た経験がほとんどないくせに、好きな味から先に食べてしまう。好きなものを後にとっておく人と、先に食べてしまう人がいるらしいけれど、私は完全に後者だった。
なぜ先に食べるのか、と自分に聞いてみる。好きなものがなくなる不安に、早く終止符を打ちたいのかもしれない。いや、違うかもしれない。単に、目の前にあるものにすぐ手を伸ばす性格なだけかもしれない。答えは出ない。出ないまま、白い団子を二つ食べ終えて、残りのあんこ色を見つめる。三つ目の白は、もうない。
去年の十五夜のことを、思い出そうとしてみる。何を食べたかも、月が見えたかも、覚えていない。たぶん見えなかったのだろう。見えていたら、写真の一枚くらい撮っている気がする。カメラロールを遡ってみたが、9月のあたりには猫の写真と、職場の観葉植物が枯れかけている写真しかなかった。月は、写真にすら残さないくらい、あっさり過ぎていったらしい。
満月というのは、正確には29.5日に一度しか来ないのだと、どこかで聞いた気がする。それも、毎回わずかに形が違うらしい。まん丸に見える夜も、実は完全な円ではないのだと。だとすれば今夜見えるかもしれない月も、今夜だけの月だ。曇っていて見えなかったとしても、それは今夜の空としては、それが正解だったということになる。
窓の外をもう一度見る。雲の端が少しだけ薄くなっていて、白っぽい光がにじんでいる。月そのものではなく、月がそこにあることの気配だけが伝わってくる。姿は見えないのに、光は届いている。それでいいのかもしれない、と思う。見えなくても、そこにあることは、たぶん本当だから。
あんこ色の団子を、結局その夜のうちに食べてしまった。とっておこうとしたのに、皿に一つだけ残っているのが妙に落ち着かなくて、歯を磨く前にひょいと口に運んでしまった。とっておく、ということが、私にはどうも向いていないらしい。わかっているのに、毎回同じことをする。それでも別に、誰かに怒られるわけでもない。
スーパーの惣菜コーナーには、まだ月見団子が積まれたままだった。198円の値札の横に「本日限り」の黄色いシールが貼られていて、それを見て少し切なくなる。今日食べられなかった人は、もう来年まで、このパッケージのものは買えない。季節のものというのは、いつもそういう理不尽さを持っている。待ってくれない。
あなたも今日、どこかで秋の気配に気づいただろうか。気づかなかったとしても、それでいい。月を見上げようとしただけでも、十分だったと思う。見えなかった月のことを、少しでも気にかけたなら、それはもう、ちゃんと十五夜を過ごしたということだと思う。
白から食べる癖は、たぶんこれからも直らない。直そうとも、あまり思わない。好きなものを先に食べて、残りを義務のように片付ける自分を、責める理由はどこにもない。ただ、それが自分のやり方だというだけの話だ。
翌朝、ベランダの皿を片付けようとしたら、串が一本だけ転がっていた。団子は跡形もなく、串だけが月のかけらみたいに残っている。それを見て、ああ昨夜たしかにあった時間なんだな、と思う。誰にも見せる予定のない、五個入り198円の、それだけの夜だった。
来年もきっと、同じようにコンビニで団子を買って、白い方から食べて、月は見えたり見えなかったりするのだろう。それでいいと、今は思える。ちゃんとしたお月見でなくても、月はちゃんと満ちて、ちゃんと欠けていく。こちらの都合など、待っても待たなくても、変わらず巡ってくる。
だから今夜見えなかった月のことは、もう気にしなくていい。雲の向こうで、たぶん今夜もまん丸に近い形で、静かに浮かんでいたはずだから。
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