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今月、そうめんを11回ゆでた

今月、そうめんを11回ゆでた。数えるつもりはなかった。ゴミ箱に捨てた、そうめんの束を留めてあるあの紙の帯の数で、わかってしまっただけだ。11本。まだ7月は半分残っている。

夏の台所は、火を使う場所ではないと思う。コンロの前に立つと、料理をしているのか、蒸されているのか、わからなくなる。でも、そうめんの2分だけは許せる。2分なら、蒸される前にゆで上がる。この2分が、私の夏の料理の限界ラインだ。

以前は、こういう食事を「手抜き」と呼んで、少し後ろめたく思っていた。ちゃんと一汁三菜を作れない自分は、暮らしをサボっているのだと。誰に言われたわけでもないのに、頭の中に「ちゃんとした食卓」の審査員がいて、勝手に減点されていた。

ある夜、薬味のねぎを切らしていたことがある。仕方なく、乾燥わかめを水で戻してのせて、「彩り」と言い張った。誰に言い張ったのか。部屋にはわたししかいなかった。わかめは、普通においしかった。

最近は、変化のつけ方だけ工夫している。めんつゆを、少しだけ良いものに替えた。それだけで、いつものそうめんの味が一段変わって、ちょっと感動した。ごま油を垂らす日、トマトと大葉の日、卵を落とす日。ベースが2分でできるから、小さなひと手間で遊ぶ余裕が生まれる。

ガラスの器に氷水を張って、白い麺を泳がせると、見た目だけで少し涼しい。食欲というのは、案外、目から戻ってくる。エアコンの効いた部屋で、つるりと喉を通っていく一口は、たぶん夏にしか成立しないごちそうだ。

…と書きながら、それにしても11回は多いな、とやっぱり思う。思うが、暑さで食欲が消えた日に、それでもちゃんと食べられているのだから、減点する理由がどこにもない。審査員には、退場してもらった。

そうめんの季節は、実は短い。9月の声を聞けば湯気の立つものが恋しくなって、ゆで切れなかった束は、棚の奥で静かに年を越すことになる。毎年そうだ。あの半端に残った数束に、夏の終わりが染みている。今年もたぶん、そうなる。

季節に合わせて、無理のないものを、無理のない方法で食べる。それは手抜きではなくて、ちゃんとした夏の知恵だと、11本の帯を見ながら思う。12回目は、今夜ゆでる。

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