9月15日の朝、目覚ましを止めた指が、そのままスマホの画面を撫でていた。連休三日目。カーテンの隙間から入る光はもう夏のものではなくて、どこか薄い。時計は10時47分を指していて、起きたというより、ようやく観念したという感じだった。
前の晩、私はたしかに旅行サイトを開いていた。伊豆、那須、それとも近場の温泉でもいい。地図をスクロールしながら、行った気になって満足してしまう、あの現象。予約ボタンの一歩手前まで指が来て、そこで止まる。理由はいつも同じで、なんとなく面倒だから、だ。面倒、というにはあまりに情けない理由だけれど、本当にそうとしか言いようがない。
結局その日も、私は洗濯機を回しただけだった。回している間だけ、何かをやり遂げている気分になれるのがずるい。ベランダに出ると、隣の部屋のエアコンの室外機がまだ動いていて、生ぬるい風が足首にまとわりついた。9月なのに、と思ったけれど、ここ数年ずっとそう思っている気がする。
テレビをつけると、連休の行楽地の中継をやっていた。渋滞何キロ、満車の駐車場、汗を拭きながら手を振る家族連れ。それを眺めながら、私はソファの上でポテトチップスの袋の底をがさがさ探っていた。塩気だけが指に残って、罪悪感というほどでもない、薄い後ろめたさがそこにくっついてくる。
こういう連休を、私はたぶん何度も過ごしてきた。大学のとき、友達がグループで海に行った年も、私は課題があるからと言って部屋にいた。課題なんてほとんど進まなかったけれど、あのとき見た天井の木目は、なぜか今でも思い出せる。行かなかった記憶より、行かなかった日の天井の方が、よく残る。おかしなものだ。
予定を立てるのは好きなのに、それを実行に移す段になると急に体が重くなる。この温度差はいったい何なのだろう。カレンダーアプリの通知だけが律儀に「明日は◯◯」と教えてくれて、私はそれをスワイプで消す。消すたびに、旅行パンフレットの角が少しずつ折れていくような、そんな感覚が胸のどこかに残る。誰も見ていないパンフレットの角が、勝手に折れて、勝手に忘れられていく感じ。
…と、ここまで書いていて気づいたのだけれど、私は「どこかに行かなかったこと」を、まるで失敗のように書いている。本当にそうだろうか。いや、違うかもしれない。連休の三日間、私は誰にも会わず、誰にも謝らず、ただ麦茶を作って、それを何度も飲んだ。冷蔵庫を開けるたびに麦茶のポットがあるという、それだけのことに、少し安心していた自分がいた。
夕方、さすがに体がなまって、近所を少しだけ歩いた。5時46分、まだ空は明るくて、でも光の角度が明らかに秋のそれだった。公園の前を通ったら、小学生くらいの子が三人、何をするでもなくベンチの周りをぐるぐる回っていた。鬼ごっこでもなく、ただ回っている。それを見て、私も似たようなことをして連休を過ごしているのかもしれない、と思った。目的地のないまま、ぐるぐる。
帰り道、自販機でアイスコーヒーを買った。130円。おつりを取り出すとき、爪の先が缶の縁に触れて、ひやりとした感触が指に残った。それだけのことなのに、なぜか少し満たされた。何かを成し遂げたわけでもないのに、130円のアイスコーヒー一本で今日は良しとする、その安さが、逆にありがたかった。
夜になると、網戸の向こうから虫の声がまだ聞こえてきた。真夏ほどうるさくはない。数が減ったのか、それとも遠くで鳴いているのか、はっきりしない。8月の終わりにはあれほど気になっていた声が、9月も半ばになると、部屋のBGMのように馴染んでいる。慣れというのは、良くも悪くもよくできている。
翌朝、連休最終日。またしても私はどこにも行かなかった。今度は罪悪感すら薄れていて、それがまた新しい引っかかりになる。慣れって怖い、と思いながら、結局その日も洗濯機を回した。分かっているのに、できない。それでもいいと思う日と、それでいいのかと思う日が、交互にやってくる。答えは出ない。出さなくてもいいのかもしれない。
あなたも、この連休、どこかへ出かけただろうか。それとも私と同じように、部屋の中で麦茶ばかり飲んでいただろうか。どちらでもいい。少なくとも、洗濯物を干した、麦茶を作った、そのくらいのことは、あなたもちゃんとやっている。それだけで、今日は十分だったのだと思う。
旅行サイトのタブは、まだブラウザの隅に開いたままだ。伊豆のページも、那須のページも、閉じずに残してある。いつか行くかもしれないし、行かないかもしれない。行かなかったとしても、それはそれで、この9月の連休の過ごし方として、悪くなかったのだと、今は思うことにしている。
来年のシルバーウィークも、たぶん同じように予定を立てて、同じように動けないのだろう。それでも構わない、と思う自分と、来年こそはと思う自分が、両方ちゃんと胸の中にいる。どちらか片方だけにならなくていい。矛盾したまま、麦茶を飲みながら、また次の連休を待てばいい。
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