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盆休みの新幹線、指定席を間違えていた

8月13日、9時2分発ののぞみ。東京駅のホームは、キャリーケースの車輪の音と、子どもの泣き声と、駅弁の匂いでできていた。コンコースを抜けたところで冷房の境目があって、そこを通るたびに体温がひと目盛りずつ変わる。改札を出て階段を上がると、もうそこは外気で、32度の空気が肌にべたりと張りついてくる。誰もが同じ方向を向いて、同じ日に、同じ実家を目指している。それだけで、なんだか不思議な連帯感があった。

キャリーケースの取っ手はもう熱を持っていて、素手で握るとじんわり不快だった。荷物のなかには、去年と同じメーカーの水羊羹が入っている。毎年これを買う。理由は特にない。強いて言うなら、去年これを買って母が喜んだから、というだけの理由だ。理由と呼べるほどのものでもない。

9号車に乗り込んで、17番E席に腰を下ろした。窓側だった。よし、と小さく思った。ここ数年、なぜか毎回同じ号車、同じ並びの席を取ってしまう癖がある。予約サイトを開くと、指がかってに10号車の17番を押している気がしていたのだが、どうやら今回は9号車で押していたらしい。

発車して13分ほどした頃、通路を歩いてきた男の人が、僕の座席の前で立ち止まった。「すみません、そこ、たぶん僕の席だと思うんですが」。切符を見せてもらうと、確かに9号車17番E席とある。自分の切符を確認すると、10号車17番E席だった。号車をひとつ、丸ごと間違えていた。

謝って荷棚から紙袋を下ろし、通路に立った。次の号車まで、揺れる車内をカートが行き交うのを避けながら歩いた。自分の席にたどり着くと、そこにも同じ窓側の景色があって、なんだ、結局どこに座っても同じ田んぼが見えるんじゃないか、と思ったら少しおかしくなった。座席をめぐる小さな椅子取りゲームの、いちばん平和なバージョンを、僕はいまさっき体験したのだった。

自分の席だと思い込んでいた場所は、実はただ通りすがりに座らせてもらっていた椅子だったのだ、ということに気づいた。誰の持ち物でもない、その日だけの、たまたまの椅子。それは新幹線の座席の話であると同時に、なんとなく別の何かの話でもある気がしたけれど、うまく言葉にできないので、そのまま流れる田んぼを見ていた。

母はいつも電話で「窓側取れた?」と聞いてくる。取れたよ、と答えると安心したような声を出す。なぜ毎回聞くのか分からないが、たぶん母のなかにも、変わらないでいてほしい何かがあるのだろう。方向音痴というほどではないと思うのだが、数字を思い込みで処理する癖があって、暗証番号も、部屋番号も、いつも一度は間違える。方向音痴の自覚がない方向音痴、というのがいちばん質が悪いタイプなのかもしれない。

実家に着くと、盆棚の果物が去年より少なかった。祖母がいなくなってから三度目の夏で、供える人数も、供えるものの量も、少しずつ減っている。誰かが意図して減らしたわけではなく、ただ自然にそうなった。減っていくことに、誰も文句を言わない。言えるはずもない。

毎年同じ号車、同じ席を選ぶのは、もしかしたら、何かひとつでも変わらないものを残しておきたいからかもしれない。いや、違うかもしれない。ただの予約サイトの操作ミスの積み重ねかもしれない。どちらだろうと、ここまで書いて気づいた。理由なんて、後からいくらでも都合よく作れてしまうものだ。本当のところは、たぶん自分でも分かっていない。

来年もこの号車が取れるとは限らないし、そもそも来年、実家に集まる顔ぶれが今年と同じである保証もどこにもない。分かっているのに、指定席を取るときはやっぱり去年と同じ号車を選んでしまう。変わらないでいたい気持ちと、変わっていくことへのうっすらとした諦めが、指のなかで同時に動いている。

帰りの新幹線では、今度は号車を三回確認してから座った。三回も確認したのに、それでも少し不安だった。結局、人は同じ失敗をしないように学ぶというより、同じ失敗を怖がるようになるだけなのかもしれない。

窓の外を流れる田んぼは、行きも帰りも同じ緑色をしていたけれど、二度と同じ田んぼではなかった。稲は少しずつ伸びていたし、光の角度も違っていた。同じ夏はもう来ない。分かっていることなのに、毎年それを忘れかけて、また思い出す。

あなたも今日、暑いなかを、荷物を持って、どこかへ向かっただろうか。それだけで、もう十分がんばっている気がする。座る場所を間違えたって、次の号車まで少し歩くだけでいい。

水羊羹は、結局、行きの荷物に入れっぱなしで、実家に着く頃には少し溶けていた。母は気にせず「冷たくて美味しい」と言って食べた。それでいいのだと思う。何もかもきちんと運べなくても、着いた先で誰かが「美味しい」と言ってくれれば、それで十分に足りている。

帰りの新幹線のなかで、この文章を書いている。号車はちゃんと合っている。たぶん。もう一度、切符を確認してから、目を閉じることにする。

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