9月14日、23時40分。歯を磨きながらベッドを見たら、シーツの端がめくれて、下の敷きパッドが見えていた。接触冷感とパッケージに書いてあった、あのつるつるしたやつだ。触ってみたら、思っていたより冷たくなかった。むしろ、ただの布だった。夏の間じゅう、あれだけ涼しさをくれたものが、急にただの布に戻っている。裏切られた気はしないけれど、少し寂しい気はした。
思えば、この敷きパッドを出したのは6月の頭だった。汗をかいて起きるのがいやで、近所のドラッグストアで見つけて、レジで店員さんに「これ人気なんですよ」と言われて買った。人気なんですよ、と言われると弱い。弱いというか、それだけで安心してしまう自分がいる。3か月、毎晩世話になった。洗濯機に何回入れたかは、さすがに覚えていない。
翌朝、思い立って洗った。脱水が終わって取り出したとき、まだ夏の匂いがした。日焼け止めと汗と、それから洗剤の匂いが混ざったような、説明しづらい匂い。ベランダに干すと、9月の日差しはまだ強くて、1時間もしないうちに乾いていた。乾いたそれを畳みながら、これを使うのはもう来年の6月なんだな、と思った。今日から来年の6月まで、この布はクローゼットの奥で、ずっと何もせずに待っている。
入れ替わりに出したのは、去年の秋冬に使っていた厚手のシーツだった。押し入れの奥から出したとき、少しだけかび臭かった。去年の私は、これに包まって冬を越したはずなのに、そのときのことをほとんど覚えていない。覚えているのは、寒くて布団から出たくなかったことと、暖房のタイマーが切れる時間をいつも勘違いしていたことくらいだ。
そのシーツをベッドに敷いて、上から手のひらで撫でてみた。夏のシーツよりずっしりしていて、生地の目が詰まっている。触った瞬間、ああ、これはもう夏の触感じゃないな、とわかった。わかった、というより、体のほうが先に「これは違う季節の布だ」と判断した感じがした。頭で考えるより先に、手が季節を覚えていたのかもしれない。
その夜、電気を消して横になったら、部屋の空気まで違って感じられた。実際には気温はそんなに変わっていないはずなのに、シーツが一枚変わっただけで、部屋全体が秋の顔つきになっていた。布一枚で部屋の季節が先に進むなんて、変な話だ。でも、そう感じてしまったのだから仕方がない。
わかっているのに、できないことが最近ひとつある。もう厚手のシーツに替えたのに、扇風機はまだ部屋の隅にいる。片付けようと思って3回くらい思い出しているのに、そのたびに面倒くさくなって放置している。シーツは秋になったのに扇風機だけ夏に取り残されている、そのちぐはぐさが、なんとなく今の自分そのものだという気がする。頭では次に進んでいるのに、体や部屋の端っこはまだ前の季節にいる。
そういえば、シーツを替えるタイミングっていつも中途半端だ。まだ暑い日があるかもしれないと思って躊躇して、結局衣替えと同じで、8割終わらせて満足してしまう。今回だって、枕カバーだけはまだ夏用のままだ。シーツと枕カバーの季節がずれているベッドで寝る、というのも、よく考えたら間抜けな話だと思う。でも誰かに見せるものでもないし、自分がそこそこ眠れればそれでいい。
洗濯物を取り込みながら、ふと、あの接触冷感の敷きパッドと、来年またちゃんと再会できるだろうか、と考えた。捨てはしないけれど、来年の6月に「これ、去年のあれだ」と思い出す確信は、正直あまりない。毎年同じものを使い続けているようで、実は毎年少しずつ違うものに手を伸ばしている気もする。同じ夏は、たぶん一度も来ていない。
あなたも今日、部屋のどこかを少し秋に近づけただろうか。それとも、扇風機と一緒にまだ夏のままだろうか。どちらでもいい。シーツを替えても替えなくても、季節はどうせ勝手に進んでいく。こちらが慌てて追いかけなくても、向こうから来てくれる。そう思うと、少し肩の力が抜ける。
かび臭かった厚手のシーツも、一晩使ったら匂いは気にならなくなった。人の鼻というのは案外いい加減で、慣れてしまえば大抵のことは気にならなくなる。布団に入ってからしばらく、天井を見ながら、今年の夏は結局何が一番印象に残っているだろうと考えたけれど、これといって思い出せなかった。暑かった、それだけだった気もする。
それでいいのだと思う。夏をきちんと振り返って言葉にできなくても、シーツを替えたという事実だけは、体がちゃんと覚えている。振り返りきれない夏があってもいい。総括しないまま、次の季節の布に潜り込んでしまってもいい。
翌朝、いつもより少し深く眠れた気がした。理由はわからない。厚手のシーツのおかげかもしれないし、単に疲れていただけかもしれない。理由がはっきりしないことのほうが、生活には案外多い。それでも眠れたなら、それでよかったことにしている。
扇風機は、結局まだ隅に置いてある。片付けるのは今度の休みでいいことにした。シーツだけ先に秋になって、扇風機だけ夏に取り残されている部屋。ちぐはぐなままの部屋で、今夜もたぶん、同じシーツにくるまって眠る。それで十分だと思う。
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