夜、布団の中でスマホを見ていた。ほんの5分のつもりだった。気づけば日付が変わっていて、親指だけが誰かに操られたみたいに、まだ画面を撫でている。見たかったものなんて、最初からなかったのに。
さすがに嫌気がさして、ある晩、スマホを隣の部屋に置いてみた。充電器ごと、玄関の棚の上へ。たった30分の、小さな実験のつもりだった。
最初の5分は、正直落ち着かなかった。手が勝手にポケットを探る。ないと知っているのに、探す。鳴ってもいない通知音が聞こえた気さえした。自分でも笑ってしまったけれど、その手持ちぶさたこそが、どれだけスマホに寄りかかっていたかの証拠だった。
10分を過ぎたあたりから、部屋の音が戻ってきた。冷蔵庫の低い唸り。窓の外を通り過ぎる車。カーテンが空調で揺れる、かすかな衣擦れ。ずっとそこにあったはずの世界が、画面の光に照らされて見えなくなっていただけだった。
30分後、スマホを取りに行くと、通知は3件。どれも、今すぐ返す必要のないものだった。あれほど恐れていた「見逃し」は、ほとんど幻だったことになる。
スマホを置く時間は、何かを我慢する時間ではないと思う。奪われていた30分を、静かに取り返す時間だ。今夜、充電器をいつもより少しだけ遠くに挿してみる。それだけで、夜は驚くほど長くなる。
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