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“推し”がいるだけで平日が変わる

水曜日が、ただの水曜日じゃなくなる。「配信がある日」になる。木曜は「新曲が解禁される日」に、月末は「チケットの当落が出る日」になる。推しができてから、私のカレンダーには、自分だけの目印が増えていった。

正直、推しに出会う前は「推し活」という言葉に少し距離を置いていた。何かに熱を上げるのは疲れそうだと思っていた。でも実際は逆だった。しんどい日ほど、「今日を乗り切れば夜に配信がある」という一点が、足を前に出してくれる。

応援しているつもりで、支えられている。推し活の不思議は、ここにある。ステージの上のあの人は、私の名前を知らない。それでも「あの人ががんばっているから、私もがんばれる」という回路は、確かに毎日を動かしている。

同じ人を推す誰かと、ゆるくつながれるのもいい。年齢も職業も住む街も違うのに、その一点だけで話が通じる。孤独になりがちな大人の日常に、名前のない居場所がひとつ増える。

何かに夢中になれるのは、才能だと思う。推しに使う時間もお金も、浪費なんかじゃない。平凡な平日に灯りをともす、れっきとした生活費だ。今日も私は、その灯りで、もう少しだけ歩いていける。

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