スーパーの入り口に、彼岸の花と一緒におはぎが並んでいた。9月20日、彼岸入りの朝。まだレジ袋の中で結露している豆腐みたいな顔で、粒あんとこしあんときな粉の三種が、透明なパックに二個ずつ収まっている。値札には398円とだけ書いてあって、それ以上のことは何も語っていない。
祖母の家では、彼岸のたびに台所からもち米を蒸す匂いがしていた。あの匂いは今思い出そうとしても輪郭がぼやける。湯気なのか、藁を焼いたような匂いなのか、それとも記憶のほうが勝手に湿度を足しているだけなのか。たしかなのは、祖母が小豆を煮ている間、家中がわずかに甘くて重たい空気になっていたことだけだ。
粒あんかこしあんか、という話も、あの台所では地味に真剣だった。祖母は粒あん派で、母はこしあん派で、子どもだった私はどちらでもよかったのに、なぜかその場では粒あんの肩を持つのが礼儀のような気がしていた。今思えばくだらない忠誠心だ。あんこの好みに忠誠を誓っていた9歳の自分に、少し笑ってしまう。
祖母が亡くなってから、おはぎを手作りする人が家からいなくなった。母もたまに作っていたけれど、それも数年前でぱたりと止まった。「もち米って結局、蒸すのが面倒なのよね」と電話口で言っていた母の声を、なぜかよく覚えている。面倒、のひとことに、長年の労働の重みがぜんぶ乗っていた気がした。
だから私が今日買ったのは、398円のパックのおはぎだった。粒あんを二個。こしあんではなく粒あんを選んだのは、忠誠心の名残なのか、それとも単純に粒あんのほうが甘さがくどくなくて好きだからなのか、自分でもよくわからない。理由なんて、後からいくらでもそれっぽくつけられる。
レジの列に並びながら、前の人が買っていた小さな菊の花束を見ていた。彼岸だから、お墓参りに行くのだろう。私は今年もお墓に行っていない。行かなきゃ、と毎年思いながら、9月の連休はいつも寝て終わる。行けなかった罪悪感と、おはぎだけは買った、という中途半端な帳尻合わせが、レジ袋の中でかすかに音を立てている気がした。
家に帰って、おはぎを小皿に出す。パックのまま食べればいいのに、なぜか皿に移し替えたくなる。買ってきたものでも器を変えると、少しだけ自分で用意したような顔になる。姑息といえば姑息だけれど、姑息な自分を責める気力もない9月の午後3時だった。
一口食べると、あんこの甘さの奥に、ほんの少しだけ塩気があった。この塩気があるかないかで、おはぎの印象はけっこう変わる気がする。祖母のおはぎに塩気があったかどうかは、もう確かめようがない。記憶というのは、確認できない部分から静かに柔らかくなっていく。
もち米って結局、蒸すのが面倒なのよね、という母の言葉を、最近になって自分の言葉としても使うようになった。面倒、で片づけてしまえることの多さに、少し愕然とする。掃除も、連絡も、手紙も、おはぎも、面倒の一言でどんどん外注していく。それが悪いとは思わないのに、なぜか少しだけ後ろめたい。
…と、ここまで書いて気づいたけれど、私は別に、もち米を蒸したいわけではないのかもしれない。蒸したいのではなく、蒸していた誰かの背中を、もう一度見たいだけなのかもしれない。それなら398円のパックを買っても、何も解決しないのは当然だ。
解決しなくていい、と思うことにする。彼岸の意味は、こちらとあちらの境がゆるむ数日間だと聞いたことがある気がするけれど、うろ覚えなので確認する気もない。ただ、その数日だけ祖母の台所の匂いをふっと思い出せるなら、それはそれで十分な役割を果たしている気がする。
夕方、コオロギの声にまじって、隣の家からもち米を炊く匂いが漂ってきた。まだ手作りしている家がある。それを羨ましいと思う気持ちと、自分は自分でいいという気持ちが、同じ胸の中で仲良く同居している。矛盾したまま置いておいても、別に胸は痛くならないらしい。
来年もきっと、スーパーでおはぎを買う。粒あんを選ぶ理由も、たぶんまた曖昧なままだろう。それでいい。手を動かして作らなかった分、こうして誰かのことを思い出す時間ができたのだと、そう思うことにする。
398円のパックが、祖母の台所とつながっていたなんて、レジのおばさんは知らない。でもそれでいい。あなたも今日、誰かを思い出しながら、何かひとつくらい買い物をしただろうか。そのくらいの重さで、彼岸は今年も静かに過ぎていく。
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