← 無理なく

午前3時14分、自分の汗で目が覚めた

午前3時14分に、自分の汗で目が覚めた。正確には、目が覚めてからスマホを見て、3時14分だと知った。3:14。円周率だ、と思った。思っただけで、何も起こらなかった。夜中の思いつきは、だいたい何にもならない。

背中がじっとり濡れていた。寝る前にエアコンを切ったのは、私だ。「つけっぱなしは体によくない気がする」という、誰から教わったのかも思い出せないルールを、私はなぜか毎年律儀に守っている。守った結果が、この汗である。誰のためのルールなんだろう。

とりあえず、麦茶を飲みに台所へ行った。冷蔵庫を開けると、麦茶のポットの隣に、いつ買ったのか覚えていないチョコモナカがひとつ入っていた。午前3時にチョコモナカを食べていいものかどうか、扉を開けたまま3分くらい考えた。食べなかった。えらい。えらいのだが、冷蔵庫の前で3分悩んだせいで、目は完全に覚めてしまった。

布団に戻って、結局エアコンをつけた。つけたらつけたで、明け方に寒くて起きることを、私は知っている。冷やされすぎた朝の体は、固くて、冷たくて、なんだか自分の体じゃないみたいになっている。消して寝れば汗だくで、つけて寝れば冷えすぎる。夏の夜は毎晩、この二択を突きつけてくる。三つめの選択肢が、ほしい。

その夜は結局、布団の上であぐらをかいて、スマホで「夏 眠れない」と検索した。あとから検索履歴を見たら、「夏 眠れない」「汗 かきすぎ 病気?」「北海道 移住 費用」の順に並んでいた。悩みのスケールが、30分でおかしなことになっている。ちなみに移住費用のページは、3行読んで閉じた。

翌日、仕事帰りに、冷感の敷きパッドを買った。ついでに、冷凍庫で冷やすタイプのアイス枕も。レジで「袋にお入れしますか」と聞かれて反射で「大丈夫です」と答えてしまい、駅からの夜道を、敷きパッドを裸のまま小脇に抱えて歩いた。すれ違った人に、たぶん少し見られた。

ここで白状すると、その敷きパッドを、私は最初、裏表を逆に敷いていた。ひんやりする面を、マットレス側に向けて。二日間。道理で涼しくないと思ったのだ。あの二晩、私のマットレスだけが、ひんやりと快適に眠っていたことになる。何をやっているんだろう。

正しく敷き直した夜は、あっさり眠れた。拍子抜けするくらいだった。部屋全体を冷やそうと必死だったけれど、大事なのは背中と頭のまわりだったらしい。何リットルかの汗と、数週間の寝不足と、読まなかった移住情報の先にあった答えが、数千円の寝具。もっと早く知りたかったような、この遠回りごと夏だったような。

あと、寝る90分前のぬるい湯船。これも効いた。…と書きながら思うのだが、暑くて眠れないと言っている人間が、わざわざ湯に浸かりに行くのは、冷静に考えると意味がわからない。でも効くのだ。あたたまった体が冷めていく途中の、どこかのタイミングで、すとん、と眠くなる。理屈は調べればわかるのかもしれないが、調べていない。効いているものの仕組みを知って、効かなくなったら困るから。

敷きパッドを直して数日後、また3時ごろに目が覚めた夜があった。今度は暑さではなく、窓の外で猫が2匹、けっこう本気の喧嘩をしていた。こちらがどれだけ対策をしても、夏の夜は、対策と関係のないところから崩しにくる。猫はどうしようもないので、喧嘩の行方をしばらく聞いてから、二度寝した。どちらが勝ったのかは、わからないままだ。

それでも眠れない夜は、たぶんまた来る。3時14分に目が覚める夜も。そのときはまた、円周率だな、と思うのだろう。思ったところで何も起こらないことは、もう知っている。

ただ、ふと思う。この夏も、あと何十回か眠れば終わる。あの猫たちの喧嘩も、裏返しの敷きパッドも、冷蔵庫の前で悩んだ3分も、来年の夏には別の何かに入れ替わっていて、同じ夜はもう二度と来ない。そう思うと、汗で目が覚めるしょうもない夜さえ、ほんの少しだけ、惜しいような気がしてくる。

眠れないまま迎える朝にも、朝は来る。焦っても焦らなくても、来るものは来て、過ぎるものは過ぎていく。だったら焦らないほうを選びたい——それだけが、この夏、汗と引き換えに覚えたことだ。今夜も枕は冷やしてある。チョコモナカは、まだ食べていない。

← 記事一覧にもどる