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肌掛け布団、去年の匂いがした

午前3時21分、肌寒さで目が覚めた。タオルケット一枚では足りない、という体の判断が、意識より先に下りていたらしい。手足を丸めて、しばらく布団の端をたぐり寄せていたけれど、そもそも端が足りないのだから、たぐっても何も出てこない。9月も半ばを過ぎると、夜だけ律儀に秋がやってくる。昼間は相変わらずTシャツで汗ばむのに、夜だけがフライング気味に季節を先取りしていく。この温度差についていけているのは、たぶん虫の声だけだ。

朝になって、押し入れの戸を開けた。奥の段、圧縮袋のさらに奥に、肌掛け布団がしまってある。引っ張り出すと、ビニールの摩擦音とともに、あの匂いがした。埃っぽいような、日なたのような、去年の秋そのもののような匂い。香水でも柔軟剤でもない、たぶん「時間の匂い」としか呼びようのないものが、そこにたしかにあった。

この匂いを言葉にするのは難しい。強いていうなら、去年の自分が置き忘れていったもの、というのが一番近い気がする。去年の9月、この布団をかけて眠っていた自分がいて、その自分がどんな一日を過ごしていたか、正直あまり思い出せない。仕事で何かに追われていた気もするし、誰かと喧嘩した気もするし、案外なにもなかった気もする。ただ、匂いだけは律儀に一年分そのまま保存されていて、こっちの記憶はとっくに劣化しているのに、布団のほうが記憶力がいいというのは、なんだか少し悔しい。

布団を天日に干す。ベランダに出すと、隣のサンダルがまだ夏の位置に片方だけ転がっていて、それを見て、ああうちだけじゃないんだ、と妙な安心をする。誰の家も、季節の切り替えは大体こんな感じで、きれいに「衣替え完了」とはいかない。半分脱ぎかけの夏を引きずったまま、上から秋を重ね着している。そういうものだろう、たぶん。

干している間に、扇風機の存在をどうするか考える。もう肌掛け布団を出したのだから扇風機はしまうべきなのだが、日中はまだ扇風機が主力選手だ。押し入れの容量には限りがあって、布団と扇風機を同時に収納する余地はない。結局、扇風機は部屋の隅に立たせたまま、その横に肌掛け布団を積む、という中途半端な陣形に落ち着いた。冷房担当と防寒担当が、同じ部屋で握手もせず並んでいる。この光景こそが9月という季節の正体な気がしてくる。

夜、干し終えた布団に潜り込む。日なたの匂いに、さっきまでの去年の匂いが上書きされていて、少しほっとする。新しい季節は、匂いを塗り替えることから始まるのかもしれない。……と、ここまで書いて気づいたのだけれど、これは布団の話のようでいて、たぶん自分の一年をどう終わらせるかという話でもある。去年の自分を全部消したいわけじゃない。ただ、上から少し重ねたいだけなのだと思う。

そういえば、去年の秋にこの布団と一緒に押し入れにしまった入浴剤が出てきた。柚子の香り、season限定、パッケージには「2023 冬」と書いてある。使い忘れて一年、いや二年寝かせたことになる。もったいない気もするけれど、今さら焦って使う気にもならない。賞味期限も切れているだろうし、そもそも入浴剤に賞味期限があるのかどうかも知らない。とりあえずまた棚に戻した。来年また見つけて、同じことを思うのだろう。

布団を出した日は、決まってコンビニでホットのお茶を買いたくなる。けれどレジ横を見ると、まだアイスの新商品ポップが元気に貼ってあって、季節が二つ同時に営業している。買うのはやっぱり冷たい麦茶で、暖かい飲み物への切り替えは、もう少し先延ばしにする。準備だけは早いくせに、実行はいつも遅い。これが自分のパターンだと、いい加減学習してもいいはずなのに、毎年同じところでつまずいている。

肌寒さで目覚めるのは、正直あまり嬉しいことではない。眠りが浅くなるし、朝の布団から出るのも一段階つらくなる。それでも、この時期特有の「寒い、でも気持ちいい」というあの矛盾した感覚は、嫌いになれない。窓を少し開けたまま眠ると、涼しい空気と虫の声が布団の中まで入ってくる。快適さのために全部閉め切ってしまうよりも、少しの隙間を残しておくほうが、なぜか眠りが深い気がする。理屈で説明できないけれど、体はそういうことをちゃんと知っている。

去年の匂いがした布団のことを、しばらく考えていた。あの匂いを消したくて干したはずなのに、消えてほしくない気もしている。去年の自分がどんな夜を過ごしていたか思い出せなくても、匂いだけは覚えている、というのは、案外悪くない残り方かもしれない。全部を記憶できなくても、なにかがどこかに残っていればいい。それでじゅうぶんな気もしてくる。

布団も衣類も、完全に入れ替わることはなくて、いつも夏と秋が半分ずつ部屋に同居している。扇風機と肌掛け布団が並ぶ光景も、サンダルが片方だけ夏の場所にある光景も、きれいに片づいてはいない。それでも、それでいいのだと思う。季節の変わり目にきっちり衣替えを完了させられる人なんて、たぶんそう多くない。あなたの部屋にも、まだしまいきれていない夏があるかもしれない。それは怠けているのではなく、ただ季節がゆっくり歩いているだけだ。

今夜もたぶん、布団の重さと薄さの間で迷いながら眠ることになる。去年の匂いはもう昼の日なたに上書きされて、代わりに今年の匂いがつき始めている。来年の9月、また同じようにこの布団を引っ張り出したとき、今年の自分がどんな一日を過ごしていたか、やっぱりあまり思い出せないのだろう。それでいい。思い出せなくても、ちゃんと生きていた証拠は、布団の匂いのどこかに残っている。

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