家の机では一行も進まなかった資料が、カフェに着いて三十分で半分終わった。こんな経験が、何度もある。同じ脳みそ、同じノートパソコンのはずなのに、いったい何が違うのだろう。
ひとつは、音だと思う。完全な静寂より、人の話し声や食器の音がほどよく混ざる環境のほうが集中しやすい、という研究がある。家の静けさは、実は静かすぎる。冷蔵庫の唸りひとつで気が散るのは、そのせいかもしれない。
ふたつめは、他人の目。隣の席の人は、私に興味なんてない。それでも「誰かがいる」というだけで、だらだらとスマホを触りにくくなる。ほどよい緊張感が、背筋を伸ばしてくれる。
そして三つめは、五百円のコーヒーだ。「せっかく来たんだから」という気持ちは、単純だけれど強い。家では無料で座れるから、いつでも立ち上がれてしまう。
要するに、集中できないのは意志が弱いからではなく、場所の問題であることが多い。行き詰まったら、自分を変える前に、景色を変える。鞄にパソコンを詰めて外に出るだけで、案外あっさり解決したりする。今日も私は、いちばん安いコーヒーで、いちばん高い集中力を買いに行く。
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