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忘年会の日程調整、もう10月に始まっていた

10月14日、火曜日の夜20時すぎ。社内チャットにぽこんと通知が来た。開いてみると「忘年会 日程調整アンケート」という文字と、候補日が並んだリンク。画面の光がやけに白く見えて、一瞬、日付を見間違えたのかと思った。いや、合っている。今日はまだ10月だ。

窓を開けると、夜の空気にまだ金木犀の匂いが少し残っていた。今年の金木犀、結局ちゃんと立ち止まって嗅いだ記憶がない。エアコンは先週止めたばかりで、扇風機もまだ押し入れの奥にしまいきれていない。そんな中途半端な季節の真ん中に、12月の忘年会の候補日が三つ、カレンダーの顔をして並んでいる。

候補日は12月5日、12月12日、12月19日。まだ80日近く先の話だ。スマホのカレンダーをスクロールしてみると、11月はまだほとんど空白で、10月すらあと半分以上残っているのに、12月だけが先にマス目を埋められていく。なんだかフライングで配られたバトンを、まだ走ってもいないのに受け取らされている気分になる。

去年、わたしは幹事だった。候補日を出して、お店を三軒比較して、個室の有無を確認して、最終的に「焼肉かしゃぶしゃぶか」で揉めて、結局無難に居酒屋のコースに着地した。あのときの疲労感を、まだ体のどこかが覚えている。今年のアンケートには「幹事:経理部」とある。よかった、わたしじゃない。そう思ったあとに、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになるのが、我ながらめんどくさい性格だと思う。

返信期限は10月20日とある。候補日の横にある「○」「△」「×」のマスを、わたしはしばらく眺めたまま押せずにいた。別に予定が詰まっているわけじゃない。ただ、まだ秋にすらなりきっていないのに、冬の終わりの行事を先に決めることへの、うまく言葉にできない抵抗があった。

終わってもいないものを、もう終わらせる準備をしている。そのことに、画面を見ながらふと気づいた。

考えてみれば、こういうことは一年中起きている。夏の終わりにはもうお歳暮の広告が流れ、お盆が明けたらスーパーにハロウィンの菓子が並び、ハロウィンが終わればすぐクリスマスのケーキ予約が始まる。季節はいつも、今ここにいる時間より少し先を急かしてくる。わたしたちはその急かされ方に、いつのまにか慣れてしまっている。

忘年会のコース料理のことを、少し思い出す。前菜の盛り合わせ、選べない鍋、デザートのプリンかシャーベットか。去年のそれも、一昨年のそれも、味はほとんど覚えていない。覚えているのは、帰りの電車でコートのボタンを一つかけ忘れていたことと、駅前の温度計が「3℃」と表示されていたことくらいだ。忘年会の記憶というのは、不思議と料理よりも寒さの記憶のほうが濃い。

アンケートの画面を、結局その夜は閉じた。返信しなかったことに罪悪感はあったけれど、同時に「別にいつでもいいや」という投げやりな安心感もあった。早く答えたほうが楽なのは、頭ではわかっている。幹事さんも集計が早く終わって助かるだろう。それでも指が動かなかった。わかっているのに、できない。それでも、画面は閉じた。

翌朝、通勤電車の中でもう一度アンケートを開いた。候補日の下に「未定の方は後日でも構いません」という一文を見つけて、少しだけ肩の力が抜けた。全部を今すぐ決めなくてもいい、という小さな許可証をもらった気分だった。結局わたしは三つの候補日すべてに「△」をつけて送信した。未来の自分に丸投げするような回答だけれど、今はそれでいいと思うことにした。

思えば、季節というのは律儀に先取りされてもされなくても、来るときには勝手に来る。忘年会の日程を10月に決めようが12月に決めようが、冬はどうせ同じ速度でやってくる。急いで準備したところで、同じ夜が二度来るわけでもない。だったら少しくらい、答えを渋って保留にしたままの秋があってもいいんじゃないかと、通勤電車の揺れに任せながら思った。

それでも、カレンダーに先に書き込まれた12月19日の文字は消えない。消す必要もない。ただそこにあるだけの予定として、今はまだ遠くに眺めている。急かされていることに気づきながら、急かされた通りには動かない。そのくらいの速度で、今年の後半はやっていこうと思う。

あなたも今日、画面の向こうから届く「もう決めてください」に、ちゃんと向き合おうとしただけで十分だ。すぐに返事ができなくても、未定のまま保留にしていても、それは怠けではなく、今をちゃんと生きている証拠なんだと思う。

窓の外では、まだ少しだけ金木犀が香っている。今年のそれを、ちゃんと嗅げたのかどうかは、もうよく覚えていない。でも、冬の予定よりも先に、この秋の匂いのほうをもう少し覚えていたい。そう思う夜も、悪くない。

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