19時2分、まだ空は青いところが残っていて、コンビニの自動ドアだけが涼しかった。外に出た瞬間、ぬるい風が顔にまとわりついてきて、ああ夏だ、と思うより先に、早くアイスを開けたい、と思った。買ったのは近所のセブンで一番安いやつ。棒に「あたり」と書いてあるかもしれない、という、あの小さな賭けごとがついてくるやつだ。
袋を開けて、木の棒を舐めながら歩く。舐める、というより、溶けていく端から追いかける、という感じに近い。手首のあたりにひとしずく垂れて、ティッシュもないのでそのまま舐め取った。行儀が悪いのはわかっているが、この時間、見ている人は蝉しかいない。ジジジ、ミーンミンミンと、二種類くらいの鳴き声が重なって、耳のなかで渋滞している。
半分くらい食べ進んだところで、木の棒の先が見えてくる。ここでいつも、ちょっとした緊張が走る。当たりが出たら、もう一本もらえる。子どものころは本気で祈っていた気がする。今も、まったく祈っていないかというと嘘で、心のどこかで「出ろ」とは思っている。思っているのに、期待はしていない。この矛盾した感じ、うまく言葉にできないけれど、たぶん多くの人が知っている感覚だと思う。
結果は「またあたりに挑戦してね」。もう何年this文字を見ているだろう。小学生のころから数えたら、ゆうに百本は外している気がする。百分の一の確率だとして、百本外れることもあるのかもしれないが、それにしても、と思う。うちの近所の当たり運は、どこかに全部持っていかれているんじゃないか。誰かひとりくらい、毎回当ててニヤニヤしている人がこの街にいるんじゃないか。会ったことはないけれど。
棒を捨てようとして、ふと手が止まった。外れた棒って、こんなに軽いんだ、と思った。当たりが出るかもしれない、と思っている間の棒は、なんだかもう少し重みがあった気がする。実際の重さは変わらないのに。期待というのは、ものの重さまで変えてしまうものらしい。
…と、ここまで書いて気づいたけれど、これはアイスの話をしているようで、たぶん違う。仕事でも、恋愛でも、なんでもいいのだけれど、期待していたものが「はい、残念」で終わったときの、あの軽さと重さの入れ替わりのことを、私は言いたかったんだと思う。
今年の夏は、それが多い。だめだったこと、変わらなかったこと、期待して裏切られたこと。数えていくと指が足りなくなりそうで、途中でやめた。数えても増えないし、数えないからといって減るわけでもない。ただ、数えている間だけ気分が沈むので、やめたほうがいい。これは経験から言える、数少ない確かなことだ。
アイスを食べ終えて、木の棒を口にくわえたまま、しばらく立ち止まっていた。マンションのエントランスまであと五十メートルくらい。行かなきゃいけないのはわかっている。わかっているのに、足が動かない。夏の夕方特有の、あの「まだ帰りたくない」感じ。理由なんてないのに、ただそこに立っていたい夜がある。
セミは地上に出てから一週間くらいしか生きられないと聞いたことがある。短い、とみんな言うけれど、あのジジジという声を聞くたびに、一週間でよくあんなに全力を出せるものだと思う。私なんて一週間、全力どころか、平日五日を乗り切るだけでへとへとになっている。比べる相手が違う気もするけれど、比べてしまうのだからしょうがない。
アイスの当たりが出なかったことと、仕事の企画が通らなかったことと、返信が来なかったLINEのことを、頭のなかで一列に並べてみた。並べてみると、意外と大きさが揃っていることに驚く。人生の「残念」って、案外どれも同じくらいの重さでやってくるものなのかもしれない。大きい残念と小さい残念、分けて考えていたけれど、そんな区別、実はそんなに意味がないのかもしれない。
いや、違うかもしれない。アイスが当たらなかったことと、大事な何かがうまくいかなかったことを、同じ棚に並べるのは、ちょっと乱暴な気もする。でも今夜くらいは、同じ棚に並べて、まとめて「まあ、そういう日もある」で片付けてしまいたい。厳密さより、今夜の気楽さのほうが大事な日がある。
棒をゴミ箱に捨てて、また歩き出す。エントランスの自動ドアが開いて、冷房の匂いがふわっと来た。溶けたアイスで少しべたついた指を、玄関で洗う。冷たい水が気持ちよくて、それだけで今日という日の帳尻が、なんとなく合った気がした。当たりが出なかったことなんて、もうどうでもよくなっていた。
来年も、たぶん私は同じアイスを買って、同じように外れて、同じように棒をくわえて突っ立っているんだと思う。学習していないと言われれば、そのとおりだ。でも学習しなくていいことも、世の中にはあると思う。当たりを引くための努力より、外れても普通に美味しかった、という事実のほうを、覚えていたい。
あなたも今日、暑いなかをよく歩いた。当たりが出た日も出なかった日も、とりあえず今日という一本を、最後まで舐め切ったなら、それでじゅうぶんだと思う。来年の夏の自分に、また同じアイスを買ってほしい。当たっても、外れても。
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